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2011/02/24

ファンタジーとセクシャリティ

ちょっと話題になっているのは色んな所で見かけましたので、前々から纏めようと思っていましたネタをこの機会に。
この記事はセクシャルマイノリティについてのいくつかの話題と、プレインズウォーカー・ノベルのネタバレが書かれていますので、ここから先を読むことは自己責任でお願いいたします。

まず最初に、筆者自身はどの性的指向も性的嗜好も歓迎したいと思ってますので、そのスタンスによるバイアスが存在する可能性と、あくまで私見であることをお断りします。

キャラクターデベロップメントにおいてのセクシャリティというものは、非常に示唆に富みながらも難しいテーマであります。関係者による興味深い発言もありましたので自分なりに考察を纏めてみました。
サルベのフォーラムとかでわいわいやってるレスのような性質の文章ですので、事実誤認や知識・見識不足による疎漏があったりするかもしれません。

ダークファンタジーではタニス・リー(ex:平たい地球シリーズ)など、ゴシックパンクではエリザベス・ハンド(ex:冬長のまつり)など、女性作家による幅広いセクシャリティ描写への挑戦が見受けられますが、基本的にはファンタジーのメインストリームでは「変わった」セクシャリティの描写は、そのものどころかほのめかしですらなかなか難しいようです。
ハリーポッターシリーズで一人のキャラを作中ではなく、作者が設定として同性愛者と明かしただけで大騒ぎになったりするようです。

娯楽としては「歪んだジェンダーや不健全な同性愛へ青少年を誘引している」として偏見を受け、激しく世論からバッシングされた経験を持つアメリカン・コミックでは、それゆえにか既にその禁忌は破られ、ゲイやレズビアンのヒーローやキャラクターが登場し、ペドフィリアの幻影に牧師が苦悩し、ゴシック乙女のカップルは肉親や世間からの偏見の目からお互いを支えとし、ドラァグショウに出演するゲイの青年が友人男女カップルの彼氏との逢瀬を夢想したり夢の王国へ自分探しの旅にでていたりしています。

しかし、海外のファンタジーファンの話を見てみますと、欧米の主流的ファンタジー小説の世界ではなかなかそうはいかないようです。
そこに、「13歳以上対象のトレーディング・カード・ゲームのキャラクター小説」というあまりジェンダーなどに縁のない、むしろその類に嫌悪感がありそうなカテゴリで、その挑戦をやってのけた男性作家がいます。
「Agents of Artifice」の作者、Ari mermellです。

ここからは、「Agents of Artifice(以下AoA)」のチャプター20のネタバレ(M:tGwikiの記事+α程度ですが)が含まれます。適宜省略などをしてなるべくストーリーの重要部分には触れないようにはしてますが、既読の方またはネタバレは構わない方のみお読みください。







(未読の方のための大まかないきさつ)
ラヴニカの熟達した剣士にして暗殺者である青年カリスト・ロォカは、精神魔道士にしてプレインズウォーカーのジェイス・ベレレンをパートナーに、無限連合と呼ばれる多次元間陰謀団の工作員として働いてきました。偶然ながら二人はお互い外見もよく似ているために、彼らは公私共々とても仲良くなりました。

しかしながら、彼らには一つ大きな問題がありました。

それは、相棒のジェイスはとても大きな力と数々の呪文を持つ魔道士なのですが、陰謀団の工作員としては非常に心理的に脆かったのです。それ故に何度も上司の期待を裏切っては不興を買っていました。  

紆余曲折の末、ついに二人は連合から逃げ出して、なんとか一つの街に落ち着きます。そこで、彼らはとても妖しい魅力を湛える美しき屍術士リリアナ・ヴェスと出会います。
(ここから本題)
カリストが外で一人で朝ごはんをとっていると、「おはよう、カリスト」と突然話しかけてくる人物が。思わずカリストは剣を手に取ろうとしますが、それはリリアナでした。二人は主にジェイスについての話をします。
ジェイスに対して皮肉混じりながらもカリストはたいへん保護的な言動をとっています。リリアナはそっとカリストの腕の上に手を置きます。

「それがご親切にもあなたがとる彼の守り方なのね。多くの人はそんなことをしないと思うわ」

カリストが肩をすくめると、リリアナは更に謎掛けのように問いかけます。

「あななたち二人って…?」
「恋人かって?」
(本題ここまで。この続きは実際に読んで確かめてください)

このシーンは(一部で)かなり物議を醸してまして、真面目にファンタジーやMtG背景世界におけるセクシャリティやジェンダーについて考察する方々もいれば、ちょwwwジェイスってゲイなのwwwってなる方々や精神を刻まれる方々、ktkr!と萌える方々まで反応は様々です。
ちなみにジェイスはリリアナを深く愛していますし、その前にも女性経験がいくつかあるようです。よって、仮に男性の恋人がいたとしても両性愛者になりますのでゲイ疑惑は否定されます。

「で、実際のところはどうなの?」という疑問につきましては、Ari mermellによるWotc公式コミュニティへのPostから見てみましょう。

(適当かつ一部意訳)
Q:今までAoA質問スレで既出かどうかは思い出せないのですが、ジェイスとKallistの"関係"についてのあなたはどうお考えなのでしょう?
何故、そんなことをリリアナに質問させたのでしょうか。
このストーリーのこの状況の思考過程について、クリエイティブチームが何か反応しなかったのかと興味深く思います。

A:いいえ、今までその事に明確に質問されたことはないと思います。
ジェイスとKallistは何らかのロマンティックな関係を持ちませんでした。彼らの関係は"親友かつ戦友”でした。しかし、私は以下の三つの理由によってその可能性をもたらしました。

1)彼らの関係はとても親密であり、傍から見ると何かロマンティックな関係ではないかと勘違いさせるくらいであるということを示したかったのです。

2)それは作家によるちょっとした仕掛けです。リリアナにその質問をさせることによって、彼女が自分のその考えにちょっと嫉妬しているかもしれず、そして彼女自身がジェイスに興味を持ったかもしれないことを即座に読者に伝える事が出来ます。
(私がその問題を決して軽んじて扱ってるようには聞こえないように願っています)

3)ラヴニカ(もしくはラヴニカの一部)の文化において、同性愛が存在し、いくらかは受け入れられている可能性を明言したかったのです。

このスレッドの議論の通り、ファンタジーのメインストリームにおいては滅多に取り扱われないものであり、この本のどの特定のキャラクターにも同性愛者という設定は与えられませんでしたが、せめてさりげなく同性愛の話題に触れたかったのです。

個人的にはですが、ジェイスのこれから先に関しては多分、男性と関係をもつこともできる気もします。もちろん彼にはまだリリアナへの熱く滾る愛があり、私は彼が異性愛に傾くと考えていますので、そういう事態はありそうにはないとは思いますが。――しかし、あらゆる人々の中でも取り分けジェイスは、他者の肉体よりも精神によって恋に落ちることが出来るのです:)

反応についてですが、少数の人々がそれにぎょっとして少し驚いたようですが、私が一旦なぜそうしたかったのかを説明すると全く反論はありませんでした。(まあ、少なくとも私は聞いてません。もしかすると編集者は小言を言われたかもしれませんが)
(訳ここまで)

つまり、現在はリリアナを愛しているために異性愛者ですが、その精神感応能力ゆえに、同性愛でも両性愛でもなく、性別などには捉われない全体愛(Pansexual)となる可能性を持ったキャラクターであることを示唆しているようです。彼の《雲のスプライト》などのある程度の知性をもった召喚クリーチャーたちへと向ける愛情も、その傾向を示しているようにも思われます。

もちろんこれはAoAの時点におけるジェイスのキャラクターであって、WotCが彼をどうキャラクターとして成長させたいのかというのはまた別の話です。あくまで個人的な推測ですが、少なくともメインのストーリーライン上では、そのリスクを考えるまでもなくそうはさせないとは思います。
しかし、この手の話を好まないであろうと思われる文化において、しかもカードとしてもストーリー上でもメインストリームであるキャラクターに対して公式の媒体でそれを意識的に行い、WotCがそれを許容したというのは、かなり大胆な試みだと思います。インタビューによると、かなり綿密な打ち合わせとチェックがあったようですので、WotCがその要素を見逃した可能性は低いでしょう。


余談ですが、一般向けTCGというジャンルにおけるセクシャリティへの挑戦についてかなり切り込んでいる作品が日本にはあります。それは意外にも、キッズ向けとカテゴリされるはずの遊戯王OCGに関するアニメの二作目、遊戯王デュエルモンスターズGXです。全年齢向けには相応しくないと、海外では殆どがカットされたか改変されましたが。

主人公(当然ながら男)の弟分の地位の奪い合い、家事の腕や付き合いの長さを見せ付けあう少年たち。傷つけあうことを愛だと主張し、主人公の親友(当然ながら男)に憑依して、その姿と声で病んだ愛を囁き、主人公の愛を得られないならば多元宇宙(この世界では12次元あります)全てを衝合させて滅ぼしても構わないと叫ぶ両性具有の精霊。そして、その精霊との前世からの愛を思い出し、文字通り融合する主人公。

あまりにも壮絶な展開に、未来に生きてる日本人の中でも超展開に慣れているはずの遊戯王民でさえもお茶の間のTVの前で呆気に取られました。


最後に、その全体愛関係を持てる可能性を持っているのではないかと考えられますキャラクターを例示します。男性かつ異種族にしてシェイプシフター、現在の多元宇宙で知られている唯一の同じマインドリーダー、最古のプレインズウォーカーにして最後のエルダードラゴン、ニコル・ボーラスです。

作者は変わりますが、「Test of Metal」における、一部では有名かつ物議を醸しましたエピソードを紹介します。そこにおけるボーラスはAoAにおける彼のキャラクターをかなり踏襲しているように思われます。

これより小説「Test of Metal」のp119のネタバレが含まれます。なるべくストーリーの重要な点に関わる部分は省略して触れないようにはしてますが、既読の方またはネタバレは構わない方のみお読みください。





(エピソード紹介)
テゼレットが復活して色々ありまして、諸事情によってジェイスは意識を失った状態でボーラス卿の前に横たわっています。ボーラス卿は意識のない精神感応者の体を前爪を丸めて囲みます。そして、その爪の間をエネルギーの拘束網で縛って載せて、卿はジェイスをまるで良いワインを注がれたグラスかのように己の顔にまで持ち上げて、彼の芳香に耽りました。

「おお、ジェイス、ジェイス、ジェイス」

小声で歌うようなボーラス卿の言葉は、テゼレットが辛うじて聞き取れるくらいに柔らかでした。

「坊や、我がどれだけ長い間、この瞬間を待ったのか判るであろう?お前がこの名誉の価値を十分に理解するとよいのだが」
(紹介終わり)

実際の文章のなんともいえない味わいを上手くは伝えられないのですが、人によっては読むと非常に戸惑いを覚えたり、いわゆるどん引き状態になってしまいますエピソードです。

この他にも、ボーラスは気を逸らすためとはいえプレインズウォーカーの歴史を教えては昔はよかったなあとぼやき始めたり、テゼレットとジェイスそれぞれの「味(文字通り)」への評価があまりにも違っていたり、意識を失っている体を優しく取り扱ったりしてします。そして、ジェイスに対してはあまり「跪け下僕よ。従属せよ」をやりだしません。恐らくは、無理に従属させるよりも泳がせておいてたまにリリアナやテゼレットでつっついて、そのうち手の内に転がり込むのを待っていた方がボーラスにとってはより大きな利益となる働きをするからでしょうが。

そして、この場面におけるボーラスの台詞はAoAにてリリアナがジェイスへ向けた台詞と全く同じなのです。奇妙な符号として、AoAにてリリアナがジェイスへ「私たちはこの世界(ラヴニカ)で最も強大な存在なのよ」と力と支配への誘惑をする際に、ジェイスはボーラスがかつてのPWの歴史を語った時の台詞「We were gods once,(かつて、我々は神だった)」を一人ごちるのです。

ボーラスはジェイスにリリアナの愛への誘惑の言葉を、ジェイスはリリアナにボーラスの力への渇望の言葉を引用するという構図は興味深いです。

2 件のコメント:

  1. こんばんは。まゆげです。

    ちょwwwなんというチャレンジャーAri mermell氏。
    でも、心のつながりを大切にするのは、
    精神魔道師らしいので、なんか納得。

    でも、なんでリリアナなんでしょうね。
    心のつながりだったら、
    もっと家庭的で正義感あふれる人のほうが
    展開的におさまりがよさそうなのに(爆)
    悪女ヒロインというのが、非常にリスキーというか(爆)

    これも何かの伏線でしょうかね。
    のちに愛情or正義or力のいずれかを選択させられる
    展開になったりして…

    「OH!ジェイス×3」のセリフかぶりは
    私も気になっていました。
    ただ単にAri mermell氏のリスペクトだと
    思って流していたんですが、

    ボーラスが既にリリアナを「器」として
    支配している…なんてことはないか(爆)

    リリアナがこの先の展開のカギを
    けっこう握っているような気がするんですが、
    なかなか小説がでないのが悲しいです(涙)

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  2. いつもお世話になってます!
    Kallistのことを調べようと検索してたらたまたま見つけたMtGとは関係ないファンタジー系フォーラムで真面目に「ファンタジー小説で同性愛の存在を言及したのってジェイスとカリストの関係くらいしか知らないんだけど、そういうのを許すWotCってすごくね?」みたいなことを言ってたり、サルベのフォーラムで真面目に「これてMtGの世界で初の同性愛の存在への言及じゃないの?」とか議論してたりと、海外ファンタジー世界の異性愛以外の性的指向というのはなかなかに難しい扱いのようです。

    なぜリリアナなのかというと、多分PWじゃないと付き合いきれないからではないのでしょうか。自分の彼氏が自分の心読めるとか、ちょっと嫌じゃないですか。
    PWは強力な精神の持ち主なので読むのは大変らしい(それにリリアナには龍師範ガードがあったし)のでちょうどいいのかもしれませんね。

    リリアナ主役小説…。
    WotC早くしろー!どうなってもしらんぞー!

    ボーラスとジェイスは多分、お互いに同じ稀少なマインドリーダーとして興味があるのではないのでしょうか。テゼレット曰く、生きているのは2人だけみたいですし。

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