小説「Agents of Artifice」のいくつかのエピソードを元にしていますので、ネタバレ要素や原典と殆ど被っているシーンも存在します。原典を読まないと意味の判らない部分もあるかもしれません。そして、あからさまな性的描写はありませんが、それをにおわせる内容も含まれます。
これらの要素が苦手な方やネタバレを完全回避したい方はここから先の閲覧をお薦めしません。
:from chapter Twenty.
彼は本当に子供だった。
ベッドに隣通しで座って向き合い彼の両手を取ると、彼は顔を赤らめて口ごもったままだった。
「あなたって本当に……」
私の言葉は途中で遮られた。突然彼が私の腕を引いて抱き寄せてきたから。背中に回された彼の腕は、ほっそりとした見た目とは裏腹に案外力強い。その強さと熱で彼が酷く緊張しているのがマインドリーダーじゃなくてもよくわかる。
「……リリアナ、俺――」
その声は明らかな戸惑いと、混乱した欲情で掠れていた。
「いいからジェイス、目を閉じて」
言われたとおりに目を閉じる彼の少し開いた唇にそっとキスすると、思春期の少年のように性急に、でも驚いた事に次第に巧みに応えはじめる。「俺は物覚えはいいんだよ」と彼は笑って言っていたが、それは本当のことだった――その言葉以上に。恐らくは記憶を扱う力による天性のものなのだろう。彼の荒れてない滑らかな唇は、微かに果物の甘い香りと味がした。
長く、熱っぽいキスから離れると、私はもうこれ以上は待てなかった。すぐにでも――彼が欲しい。私は身を乗り出して、酔ったようにぼうっとしている彼をベッドへ押した。
「大丈夫よ、坊や。楽にして、力を抜いて」
この背の高い男をまるでウブな生娘か何かのように扱うのは、ひどく可笑しいことだと思うが、とてもそそる。両手で両頬を包み込んで、削げた輪郭を撫でると彼の唇からは溜め息にも似た吐息が漏れた。私の口に笑みが浮かぶのを堪えられないまま彼のチュニックの襟の留め金に手をかけると、彼はその手に柔らかく指を添えてきた。
「どうしたの?」
「頼むから……外さないで」
どこまで生娘のようなことをするんだろう、この坊やは。あっけにとられてしまった後は、再び笑みがこぼれてしまう。
「別に恥ずかしいことじゃないわ、ね?」
「違うんだ……リリアナ、お願いだから……」
笑いながら続けようとする私の手をあくまで柔らかく、優しく握りながら彼は目を伏せて悲しげに顔を背けた。そこには『恥じらい』ではなく、明らかに『恥』の色が浮かんでいた。
「リリアナ、ごめん……」
「いいのよ、何も言わないで」
消え入りそうな声の彼を安心させるように、自分にできる限りの優しい声を出すように努めた。
「このままでも別に問題はないわ。さあ、楽しみましょう?」
そして、そのまま覆いかぶさって再び口付けた。
:from chapter Twenty-Three.
「そこに運んでちょうだい」
背の低いエルフの指差す台へ意識が薄れつつある彼の体を横たえさせると、殆ど血の気のない唇から押し殺された苦痛の呻きが漏れた。胸の傷から彼の生命が零れ落ちていくのを感じる。荒い呼吸は次第に速くなっていく。まさか、このまま死ぬというの?プレインズウォーカーが、全ての次元を探しても代わりの居ない希少なマインドリーダーが、あんなつまらない男にクロスボウで撃たれたことによって!
「あなたは背中を支えて起こしていて。……ベリム、少し我慢して」
このエルフ――癒し手のエマーラはジェイスをかつての偽名で呼んだ。慣れた手つきで手早く彼の外套を外し、血でぐっしょりとぬれて肌に張り付いたチュニックとシャツを引き剥がす。薄い胸の下の辺りに黒々としたボルトがねじ込まれ、溢れる血で殆ど傷自体は見えない。それに私は思わず息を呑んだ――いいえ、違う。それだけじゃない。その傷のことは判っていた。
私が予想のしてなかったもの――彼の背中と腕には一面に薄い刃傷の跡がいくつも縦横に走っていた。それは闘いや事故などで負ったものではなく、明らかにわざと……苦痛を与え、嬲るためにつけられたものだった。彼をこのように扱える『敵』などまず、いない。今は敵だが、かつてはそうではなかったあの男を除いて……私は何故ジェイスがテゼレットをそこまで恐れているのかを、そして、意外と行儀の悪い所のある彼がどんな時でも服だけはきっちりと着てる理由を理解した。
「いいわ、寝かせてちょうだい。頭の下にクッションをしいてあげて」
私がエマーラの要求に従うと、彼は痛々しく喘ぐ。
「ベリム、これを噛んで。少しは楽になりますわ。あなたは彼を抑えててちょうだい」
エルフの癒し手が小さな布を彼の口に押し当てると、彼は微かに頷いて言うとおりにした。それを見て取ると彼女は傷口に手をあて、ボルトを取り除きに掛かった。布で押し殺された悲鳴と同時に凄まじい力で私と彼女を跳ね除けようとする彼を、死霊と共に必死で抑え付ける。彼女の癒しの魔法が効果を顕すにつれ、少しずつその体から緊張と力が抜けていき、呼吸もゆっくりと、穏やかになっていった。
「とりあえずこれで峠は越えましたわ」
エマーラは大きく息をついて、血に汚れた手を傍に置いた桶で洗った。
「このまま休ませましょう。私たちも少し休まないと。お茶でも入れますわ」
「……そうね」
小さな、しかし優雅な作りのテーブルを挟んで腰掛けてエルフのお茶を飲んで一息つくと、私は彼を抑えつけている間中、ずっと抱えていた疑問を問うのを抑えられなかった。
「彼のあの背中の傷って一体……」
「彼ってどちらのことですの?あなたのジェイス?それともベリム?」
「そんなのどちらでもいいわ。さっきやってたのを見る限り、あなたの癒しの魔法は大したものみたいだけど、それでも跡があんなに残るってことは他のつまらない癒し手が治療したのか、よっぽどの――」
エマーラは謎掛けめいた視線を私に投げかけた。
「わたしがしましたわ。そして、傷自体はそんなに深いわけではありませんでした」
「じゃあどうしてあんなに……」
「それは、あなたの『ジェイス』にお聞きくださいな。わたしからは『ベリム』に聞かずに勝手に話せませんわ」
私はこのエルフの頑なな態度に降参し、彼の様子を伺いに行く事にした。
:from chapter Twenty-Four.
寒くて埃っぽい仮住まいの部屋で、私はクロスボウを握り締めて彼の帰りを待っていた。どこに何をしに行ったのかは判らないが、一緒に行けばよかったのかもしれない。せめて死霊をつけておくだけでも……ジェイスは普段は臆病なくらいに慎重なくせに、思い切った時にはとんでもないことをしでかす。
別れ際の彼の氷青の瞳の奥に閃いた、酷く冷酷で、何もかも拒絶するような非人間的な深い青。あんな目をした彼を私は今まで見たことが無かった――あんな目が出来ると考えてもなかった。それが、私を恐ろしく不安にさせた。
ひどく大きな物音に思わずドアにクロスボウを向けると、彼が足を引きずりながら部屋に戻ってきた。
「上手くいったよ」
私を安心させようとしているのか、後ろ手でドアを閉めながら無理に浮かべた彼の笑みは痛々しく見えた。よく見回すと彼のチュニックの胸と上腕の辺りに大きな焼け焦げが出来て穴になっており、そこから火傷を負って変色した肌が覗いていた。
「まだ体もちゃんと治ってないのにどうして一人で行ったの!何故私を連れて行かなかったの?こんな危ない目にあわせるんだったら……」
私はその言葉を最後まで続けられなかった。ふとテーブルの方に目をやると、そこには彼には似つかわしくないものが置かれていた。
刃を血に染めた、一振りのナイフ――確か、マナブレードといったような。その刃には奇妙な黒いもやのようなものが漏れ出ていて、普通のナイフではないことは見るだけで判った。
「ジェイス、これは一体……あなた一体どこで何をしてきたの?」
外套の留め金を外しながら、彼はひどく気の重そうな表情を浮かべながら口を開いた。
「俺にはテゼレットの居場所の情報が必要だったんだ。だからちょっと何人かと『話』をしてきたのさ」
『話』という言葉の含みにぞっとさせられた。もちろん私は今までの百年以上の生の間、もっと酷いことも見てきたし、してきた。しかし、彼が――ちょっとしたことでよく笑い、怒り、恥ずかしがり、泣きそうになっていたナイーブな心の持ち主が私が思い浮かべたようなことをするのは急には信じられなかった。
テゼレットが彼にしたことは、完全に彼を変えてしまった……そして、それは私がもたらしたことでもあった。あの二人の対立を決定的にするために、ジェイスの友人たちの名前をテゼレットに告げることによって結果的に殺させてしまったのは、私だったから。
「これはさ、魔道士の肉体とマナの絆を切り離して、魂にまで傷を負わせるんだ。だから……とても耐えられないくらいに、痛む」
彼が短く息を吸って血と脂で汚れたマナブレードを手に取ると、微かな怯えでその背は震えた。私は彼がそれを『知っている』ことを――そして、その怯えた背中にかつて何をされたかを理解した。
そして、彼はぼろぼろになったチュニックの焦げた穴を見やると、渋い顔をして外套と一緒に何の躊躇いもなく脱いでナイフと共にテーブルに置いた。そのことに私は再びあっけにとられてしまった。
「……ん?リリアナ、どうしたんだ?」
彼は自分の傷口に指を這わせて癒しの魔法を使いながら、私の困惑した表情を伺って首を傾げた。
「あなた、服――」
上手く言葉にできなかった。でも、聡い彼にとってはそれで十分だったようだ。
「ああ、だってもう見たんだろ?じゃあ今更隠してもね」
彼は何の拘りもなさげにあっさりと言ってのけ、くるりと背を向けた。そして部屋の隅にしゃがんで荷物の中から代わりの服を漁り始めた。
その丸まった背中にいくつも走る、消えない傷跡。
彼はあらゆる世界の知識を、固く閉じられた他人の秘密を手に入れることを望む。そして易々とそれを覗き見ることができるように生まれついた男にとっては、自分自身のものですら知られて秘密ではなくなった途端にありふれたどうでもよいものになるのだろうか。
彼が私を求めるのも、私がまだ彼に全てを明かしていないことに本当は気が付いていて、それを探るべき謎だと思っているからなのかもしれない。全てを知られた時には、もちろん彼は私を愛した分だけ、いやそれ以上に私の裏切りを憎むだろう――しかし、そもそも何かの全てを知った途端に、彼はその対象を顧みなくなるのではないだろうか?
何も知らない単純な子供だと思っていたはずなのに、気がつくと私には彼のことが何も判らなくなっていた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
O 。
, ─ヽ
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|__|__|__|_ __((´∀`\ )< というお話だったのサ
|_|__|__|__ /ノへゝ/''' )ヽ \_________
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|_|_| 从.从从 | \__ ̄ ̄⊂|丿/
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────────(~~ヽ::::::::::::|/ = 完 =
いやあああ可愛いジェイス可愛い本気で可愛いかわいくてせつない。百戦錬磨のリリアナさんもジェイスを落としたつもりで本当は落とされていた、んでしょうね。
返信削除萌えました。悶えました。ありがとうございました。
ありがとうございます!そういっていただけると嬉しいです。
返信削除リリアナ「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
『ジェイスを落としたと思ってたらいつのまにか落とされていた』
な…何を言っているのかわからねーと思うが私も何をされたのかわからなかった…」
この二人の関係はこんなイメージです。特にあのラストを見る限り。
もうイニストラードが楽しみすぎです!
Thank You, Sister Chrysalis!
返信削除あなたの「べリム」とわたしの「ジェイス」
nice boat.
こんにちは><まゆげです。
返信削除リリアナがどうみてもジェイス君に翻弄されてます><
カリスマ性&黒の残虐さはどこ行った!だがそれがいい。
ジェイス君は、知識欲を満たせられれば、
興味がなくなっちゃいそうな怖い一面がありそうですよね…
リリアナはリリアナで
自分の欲しいもののためには手段を選ばない…
こういう自己中心的人たちが
割と本気で恋愛したらどうなるの!?
カップリング云々とかそういうのじゃなくて、
素直になりゆきが気になってます。
かーすおぶざ…で読者の斜め上をいく展開を期待しているのです。(できるだけ読後感が良いのがいいな)
>あらーらさん
返信削除Oh...Brother...
日本の漫画やゲームだったらジェイスは本当に一回くらいは女関係で刺されてるかも知れないですね(ノ∀`)
>まゆげさん
自分の欲望を満たすために悪霊と契約したのにそれが怖いって言い出して裏切る黒のリリアナも、好奇心さえ満たせれば後は結構どうでもいい青のジェイスもどちらも自己中ですからね。
女の身勝手さと子供の身勝手さという違いはありますが。
そんな人たちが作中の経過でまた違った決断を下したっていうのが、これからの行く末をもっと知りたくさせます。
イニストラードに期待!ですね。