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2011/03/03

【MtG:二次創作SS】もしもテゼレットが例の装置を完成させてたら

これは「Agents of Artifice」のチャプター30でテゼレットが作っていたアーティファクトに関する台詞を基にした二次創作SSです。
ただし、内容は「テゼレットとジェイスでラブラブ」というリクエストの元に製作されました。

正直、全然ラブラブじゃない上に暗いような気もしますが、カップリング要素が苦手な方や、ネタバレ要素を避けたいという方はここから先を読むのはお薦めしません。




 呼吸すること以外の全てを忘れて足元に頽れる男を顧みずに、若い魔道士はテゼレットが座るソファの方に歩み寄る。床に蹲った男はドアの前に立っていた衛兵たちによって引き摺られていって『片付け』られた。

「これでいいのか、テゼレット」
「よくやった、いい子だ」

 二人きりになった部屋で、テゼレットは目の前の青年の細い体を生身の方の腕で労う様にそっと抱き寄せる。青年は擽ったそうに忍び笑いしながら身を任せ、テゼレットの隣に座った。その氷青の瞳はどこか虚ろで、彼を実際の年齢より幼く、頼りなさげに見せる。しかし、テゼレットは良く知っていた。この腕の中にゆったりと納まるくらいに痩せた若い男が、広大な多元宇宙の中でも稀少かつ危険な存在であるということを。

 ジェイス・ベレレン。協力者がいたとはいえ、連合のラヴニカ支部を破壊し、一度はぎりぎりまでテゼレットを追い詰めた男。他者の心を粘土かなにかのように好きなように型作り、破壊することも出来る精神魔道士。実の親からも疎まれ捨てられた、生まれながらの呪わしくも哀れな化け物。――そして、プレインズウォーカー。

 ジェイスはソファの脇に据えられた小さなテーブルの上に乗ったティーカップに手を伸ばしたが届かず、しかし、そのために折角の恩寵であるテゼレットの腕の中の心地よさから抜け出すことも厭った。軽くティーカップを見やると、それはあまりにも自然に滑らかに浮きあがってジェイスの手に納まった。

「もうとっくに醒めているだろうに」
「俺はミントティーは冷たいのが好きなんだ。だから構わないさ」

 醒めた茶を一息に飲み干して、ティーカップをテーブルへまた念動力で戻す。ジェイスがテゼレットに真の忠誠を誓うこととなった『あの日』以来、彼は以前は周りの目を気にして避けていたやり方で自然に振舞うようになっていた。

「次は神河へ行くが、何か欲しいものはあるか?」
「うーん、そうだな……水面院の魔法の巻物とか見てみたいものだ」
「ふむ、簡単ではなさそうだが手配してみよう」

 テゼレットも従来のやり方を変えた。テゼレットが何を言ってもひたすらに従順な今のジェイスには怒鳴る必要も手を上げる必要も無くなった。その代わりに時間が許す範囲で話を聞いてやり、時にはジェイスが喜びそうな土産や褒美もやった。この痩せっぽっちの若い男は非常に役に立つが、同時に非常に壊れやすい繊細な『道具』であるということに気が付いたテゼレットにとっては、そのメンテナンスを適切に行うことは重要な責務だった。

「はは、無理はしないでくれよ」

 気安げに笑うジェイスの薄っすらと汗ばんだ額と頬に掛かる髪を、テゼレットは左手でそっと掻き上げる。そのこめかみには、液体めいた毒々しい緑の硝子を嵌め込まれた奇妙な輝きを帯びる銀の飾りが這っていた。それはテゼレットがジェイスのために作り上げたアーティファクト。能力を損ねることなく、彼の脳の一部をテゼレットの制御下に置く装具。本来はジェイス自身の人格のかなりの部分を残しているはずだが、アーティファクトの完成までの一ヶ月近くの間の、拷問と餓えと屈辱の絶望的な日々によって彼の正気が消耗されすぎたせいなのか、以前より少し精神的に退行した印象をテゼレットに与えた。今のジェイスはテゼレットに対して、まるで父親に対するかのように頼り、時には甘え――そして怯えた。実の父親には求めることすら拒絶され、今になってようやく勝ち得た恩寵を失うまいと縋るかのように。

「ベレレン、他人の精神をその手で破壊するのはどんな気分だ?」

 テゼレットはジェイスの目を覗き込むようにしながら問う。ジェイスは質問の意図が咄嗟に掴めなかったのか、ニ~三度瞬きをして首を傾げながら慎重に口を開いた。

「…俺には判らない。多分、あまり面白いものではないのだろうとは思う。俺にとってはただ、それがそこにあるのが判ってて、あんたがそうしろと言うからそうした。それだけだ」

 ジェイスが所在無さげに自分の外套の縁を弄り始めるのを見て、こんな状況になっても逃避癖は相変わらずのものだ、とテゼレットは少しおかしくなったが、彼が己の行為を全てテゼレットの責任に帰することを許容した。本来の彼なら最も愛した親友の命を奪うように仕向けた男のために、自身が嫌っているはずの能力を振るうのは、身震いがするくらいおぞましい行為であっただろう。ましてや、その腕に抱かれるがままになっているとなれば、恐怖の余りに凍ってしまうか気も狂わんばかりに暴れだして抜け出そうとするだろう。

 それ故に、テゼレットがジェイスの全てを掌握した時に下した最初の命令は、ジェイス自身に対して記憶操作術をかけさせて、カリスト・ロォカの悲しい思い出を忘れさせることだった。

「今日は疲れた……もう寝てもいいか?」

 ふわぁっと大きなあくびを一つして、目を擦る。ジェイスがテゼレットの従順な『道具』となったその日以来、良心と躊躇の壁を取り払われた彼の能力は以前よりも遥かに強大に、そして危険なものとなっていた。その代償として、心身への負担が激しいのか日に日に活動時間は短くなり、今ではジェイスは暇さえあれば眠って過ごすようになった。それでも彼はテゼレットに対しては忠実であり、命じられればかなり無理をしてでも起きているようにはしていたが。近く、彼のために新しいアーティファクトを完成させる必要性を感じていた。便利な『道具』にするには強くなりすぎたその力を制御する装具を。

「眠っているか、目を覚ませば誰かの心を捻じ曲げるか破壊する。そんな毎日がお前は楽しいか、ベレレン?」

 もう既に座ったままうとうとと舟を漕ぎ始めたジェイスの耳元に、柔らかく、静かに、しかし残酷な響きをもって囁く。返ってきたのはひどく眠そうな曖昧な呟き。

「――楽しい?よく……判らない……」

 これがあのジェイス・ベレレンの言葉か!美味い食事に良いワイン、お茶とお菓子、見目の良い上質な服飾、親友との語らいとじゃれ合いの一時を何よりも愛していた享楽的な男。ほんの少しだけ贅沢な、しかし、その類稀な能力に相応しくないまでにあまりにも凡庸な生活の喜びを愛した放蕩児。

 目先の苦痛や悲哀に囚われてテゼレットの儘にはならなかった忌々しい読心術者は、今では完全にテゼレットの前に喜んで屈しているのだ。もしテゼレットがジェイス自身の精神を破壊することを命じたとしても、彼は少し困った顔をしながらもそうするだろう。テゼレットの胸の奥に苦い歓喜が沸きあがり、澱のように沈んでいった。

 テゼレットには彼を『道具』にする道具は作れても、彼のような『道具』は作れない。結局は世界が自然に生み出した『天才』には人工物は及ばないのだ。それゆえに、テゼレットは何をされようともジェイスを惜しみ、生かし続けていた。彼のような存在は工匠に自然と人智における残酷な原理を見せ付け続け、今でも、それをたまらなく不快に思うことがあった。

「そうか、それならばいい。もう部屋に戻って休め」

 テゼレットはそう言ったものの、ジェイスがもはや自分の足では部屋に辿りつけないくらいに眠気に囚われているのは判っていた。現に、頷きながらもジェイスの頭はすっかりテゼレットの腕から滑り落ちて大きなクッションに埋もれていた。先程まで跳ね上げていた外套のフードを目深に下ろし、その表情は殆ど影となって伺えない。テゼレットは深いため息をついて立ち上がり、切れ切れとした曖昧な独り言を呟く若い魔道士のすっかり力が抜けた体を横たえさせて、ソファを占有させてやる事とした。大切な『道具』のメンテナンスは、優秀な工匠の重要な責務であるゆえに。

「よく眠れ、ベレレン。明日は長い一日になる」

 ジェイスが眠りに落ちたことを確認し、テゼレットは背を向けてドアへと向かった。

「……だが、あんたがそう望むなら楽しいと思うようにしよう、テゼレット」

 部屋を去り際のテゼレットの背中に投げかけられた、寝言にしては、奇妙なまでにはっきりとした声。咄嗟に振り向いて走りより、その表情を闇に隠すフードを引っ張り上げて、肩を掴んで揺さぶって、今の言葉の真意を問い正したい衝動に駆られたが、彼の神経は闇の中でゆっくりと規則的に聞こえる静かな呼吸音に沈静された。

 テゼレットは、どんなにジェイスが従順に彼の言葉に従ったとしても、否、むしろそれゆえにいつもいくつかの恐れを抱いていた。

 あれは一見自由を求めているようでいて、常に何かしらの束縛を求めていた。自分を高め、導く師を欲していた。己の決定意思を捨て、誰かに全てを委ね、その保護下で安穏として知識と快楽を貪ることを夢見ていた。その柔弱な心では扱いようも無いくらいに、余りにも大きな可能性を自然と霊気によって与えられて、それを持てあますがゆえに。これは全て奴が望んだことで、本当は全て判っているのではないか?もしそうならば奴がこの状況に倦んだ瞬間に、かつて奴を保護した老魔道師のように全てを喰らい尽くされて、奪われるだろう。

 もしくは、全ては奴の魔法による幻想で、本当の私は長い夢を見ながらどこかに打ち捨てられているのではないか?肉体のみがゆっくりと衰弱していき、何も気が付かぬままある日突然終わりを迎えるのではないか?

 ゆっくりと静かに呼吸するたびに微かに動くその細く柔らかい喉を締め上げてしまえば全てが終わるのではないかと思いつつも、テゼレットにはまだその決断をすることは出来なかった。






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           O 。
                 , ─ヽ
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