もうかなり酷い妄想が含まれています。
別にBLとかそういう訳ではないのですが、テゼレットとジェイスの奇妙な師弟関係かつ歪んだ擬似父子関係を極端に描写しているために大変人を選ぶ内容となっております。さらに小説「Agents of Artifice」のネタバレも含まれておりますので、その手の妄想が苦手な方やネタバレを避けたい方はここから先の閲覧を避けることをお薦めいたします。
欠落した腕の痕から全てのマナが抜け落ちていくのを、あの男の冷たい指が意識の中を探るのを、神河の泥水と雨のようにあらゆる箇所に侵食してくるのを感じる。
何も見えない。何もかもゆっくりと消えていって、そして……。
やわらかく、静かな、聞き覚えのある声が名前を呼ぶのを聞いたような気がする。
肌を撫でる冷たく滑らかな布の感触。ゆっくりと目を開けると酷い頭痛に思わず呻く。
「……生きて、るのか、私は?」
辺りを見回すと、どこかで見たような部屋だった。様式からして神河のものだとは判る。部屋には紙で覆われた燭台が一つあるのみで薄暗く、己が上等で清潔な寝具に寝かされていることだけしか認識できない。ここに到るまでの経緯が思い出せず、反射的に右腕を動かそうとして違和感に気付く。朧げになりがちな意識を必死に奮い立たせてあるべき場所を見ると。
そこには何も無かった。いや、正確には根本で断ち切られ布をきつく巻かれた痕はあったが、彼の金属の右腕はそこには無かった。思わず息を飲んで、ゆっくりとその理由を思い出そうとすると……。
戸が滑る音と共に唐突に光が差し込み、思わず眼を閉じる。
「テゼレット、もう起きたんだ」
あくまで穏やかな、優しさすら感じさせるような、それ故に死よりも恐ろしい響き。
「――ベレレン?貴様……」
耳慣れた声に、テゼレットの脳裏に全てが蘇った。かつて碌でも無い暮らしをしていた所を拾ってやって組織に招き入れ、その持てる能力に相応しいように目をかけて育ててやったのに、その心の弱さ故に恩義を忘れて彼を裏切った若き精神魔道士。彼の組織も彼の聖域を破壊し、更には右腕をも奪った男。
その時のジェイス・ベレレンはいつもの青い外套ではなく、粗く織られた藍色の神河独特の服を着ていたので、テゼレットは一瞬目の前の男がそうであると識別できなかった。
「ちょっと変かな?サイズが合わないんだけど借り物だし仕方ないな」
元々細かったがほぼ一月の監禁生活を経て余計に削げた腕を伸ばして壁の窓を開け放つと、短く幅の広い袖から覗く腕に忍び込む外光によってうっすらとしたいくつもの傷跡や火傷の痕が伺えた。
「貴様、何のつもりだ?」
「え?」
「なぜ私を生かしておいて、こんなふざけた真似を」
そのテゼレットの言葉に、ジェイスは俯いて悲しげに溜息を付いた。
「テゼレット……俺はさ、もうこういうのを辞めにしたいんだ」
「どういう意味だ」
「俺があんたから逃げ出したからって、あんたは俺からカリストを、何もかも奪っちまった。そして俺はあんたのその腕を切り落とした。もう、こういうのを繰り返すのは嫌なんだよ」
膝を付いてテゼレットと視線を合わせたジェイスの薄青い瞳はあくまで穏やかだったが、テゼレットにはその奥に酷く底冷えする何かが感じられた。普段は詰めた襟に隠れているその首筋に這う酷い火傷の痕が何かしらの不吉な前兆めいて見えた。
ジェイスは布を巻かれた腕の痕に不意に手を伸ばし、どこか遠くを見つめているような眼をしてゆっくりと労るように撫でさする。無くした腕の痕の麻痺したような鈍い痛みがその接触によって和らぐのを感じ、テゼレットはむしろ違和感を覚えた。
「どこでこんな技を。私は教えた覚えはないが」
「友達からだよ。あんたがどっかの誰かに殺せと言った、ね」
言葉の指し示す内容とは裏腹に、ジェイスはあくまで優しさすら感じさせるような穏やかさでテゼレットの肩や傷口の腕をさする。
「なあテゼレット、帰ろう?」
ジェイスはテゼレットに今まで一度も見せたこともない奇妙なまでに穏やかな顔を向けて囁き、テゼレットは混乱した――帰る、だと?この男は何を言っている?
「貴様、一体……」
混乱するテゼレットに、あくまで柔らかく穏やかに、宥めるようにジェイスは言葉を続ける。
「もう、いいんだ。あんたはあのドラゴンに悪い夢を見せられて、ちょっとおかしくなってただけなんだよ。テゼレットは確かに厳しかったし酷いこともするけど、俺のことを拾ってくれて、俺を勿体無いって、もっと出来るって言ってくれたんだ。本当はそんな残酷な人じゃないって判ってるさ」
ジェイスはテゼレットの腕の痕から手を離し、己の片袖をまくる。そこには先程に垣間見えた傷跡が、今度ははっきりと見える。普段あまり日の当たらない箇所の血の気の薄い肌に更に生白く細長い痕がいくつも出鱈目に走っていた。
テゼレットはそれらの傷のことをよく知っていた。彼自らがその手で刻んだのだ。子供のように恐怖に怯えて藻掻くジェイスを力づくで抑えつけて「教訓」を示すために、その背や腕の肌に魂をも切り裂く短刀を滑らせ、どんな苦痛の訴えにも許しを乞う哀願の声にも耳を貸さずに責め苛んだ。
その傷跡の上には更にいくつかの引き攣れた薄桃色の治癒痕が横たわっていたが、それらの理由もテゼレットは知っていた。意識を失ったこの男を無力にして、配下の女紅蓮術士の求めのままに引渡し、抵抗出来ないままに炎の熱と煙で嬲られるがままにしておいたのも彼だった。
それ故に、よく知っているはずの目の前の若い男の言葉の真意が全く掴めずにテゼレットは困惑した。
更に続いたのは、追い打ちをかけるような言葉。
「だから、あんた自身をも苦しめる力への餓えを、俺が忘れさせてやる。故郷のためにエーテリウムを探してた求道者に、俺のことを育ててくれるっていってたテゼレットに、あるべき姿に戻してやるよ」
それは何故かひどく甘く、魅惑的な響きを持っていた。誰かの精神を望むままに造り替える――テゼレットはジェイスの真の能力が、今までどんなに強要しようとも頑なに使うことを望まなかったその力が自分に向けられようとしていることを理解した。
「ベレレン……貴様、気でも触れたのか!?」
やっとの思いで言葉を吐き出すと、それを受けたジェイスは軽く肩をすくめ、途方に暮れたような悲しげな笑顔を浮かべた。
「そうかもしれないけど、俺には判らないな。自分の心は読みようがない」
「ふざけてるのか?それともこれが私への復讐か!?」
テゼレットはいつの間にか完全に身体の制御を奪われて自分の意志では指一本動かすことも叶わなかったが、奇妙なことに心を読めば済むものを声を出すことだけは許容されていた。
「なあテゼレット、喜んでくれよ。あんたが俺にずっと望んでいたように、俺が『本当に出来ること』をするんだ」
皮肉なことに今、テゼレットの『存在』自体を根本から脅かしているのは、かつてテゼレット自身がジェイスに求めていたことだった。そうしたいと望むだけで他者の精神を造り変えてしまう力の持ち主の心を、テゼレットは違うやり方で――その身も心も追い詰めて責め苛むことによって作り替えてしまった。もうそこにいるのは、怠惰な生き方で自分自身をも浪費していた気儘な放蕩児でもなく、自分のせいで人が死ぬのを見るのは嫌だと誰かの後ろに隠れて目を逸らしていた気弱な臆病者でもなかった。
実の親にも疎まれて遠ざけられ、そこから救い出してくれて受け入れてくれたと信じた男にも裏切られ、それでも誰かを愛することを望み、それを拒絶されることを恐れる哀れな、しかし恐るべき子供。
それをジェイスの中から引きずりだしたのも、その手に余りにも大きな武器を握らせて刃を鋭く致命的なまでに研ぎ上げたのも、結局はテゼレット自身だった。
「貴様の慈悲の元で、貴様が望む通りの父親替わりを演じさせるとでもいうのか!?この私に?」
「違う、テゼレット。そんなんじゃ……」
「お断りだな!いっそ、さっさと殺せ!」
吐き捨てるようなテゼレットの言葉に、ジェイスの厚く凍った氷のような色を宿した瞳の奥に異様な光が閃いた。
「どうしてそういう事をいうんだ?あんたも同じなのか?」
「何がだ!」
「やっぱりあんたも俺を裏切るのかよ!」
予想外の、突然の激昂に晒され、テゼレットは呆気にとられるしか無かった。
「……私を裏切ったのは貴様の方だろうに」
やっとの思いで口に出来た言葉に、ジェイスは憑き物が落ちたかのようにきょとんとした顔をして、がっくりと項垂れて大きく息を付いた。
「なあテゼレット、頼む……もう俺から何も取り上げないでくれ」
ジェイスの肩は震え、声は微かに鼻にかかっており、泣くのを必死に堪えているように見えた。その姿は、何故かテゼレットに奇妙な嗜虐心を喚起させた。
「で、お前は私から何もかも奪うというのか。いいだろう。例え私がお前の裏切りも何もかも忘れてお望み通りに振舞ったとしても、『お前がそうした』という事実はお前自身がよく判っていることだ。私の言葉一つ一つ、態度の一つ一つが貴様の歪んだ欲望が捻じ曲げた産物だとその都度思い知ることになるだろう」
そして、あの男の本当に望むものは永遠に手に入らない。テゼレットの口の端は一矢報いた異様な歓喜で歪んだ――次のジェイスの言葉を聞くまでは。
「もしかして、俺には他人の記憶しかいじれないって思ってるのか?俺が最初に意識して消したのは、自分の記憶なんだけど」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
O 。
, ─ヽ
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|__|__|__|_ __((´∀`\ )< というお話だったのサ
|_|__|__|__ /ノへゝ/''' )ヽ \_________
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危険だけど何てロマンティック! そしてジェイスとテゼレットの描写の細かさから蛹さんの愛を感じました!
返信削除この二人とその複雑な関係が好き過ぎて妄想がマッハです。変な意味でなく!いえ、変な意味でも…かしら…。もっといい関係を築けたかもしれない可能性があった、という、ただの敵対関係じゃない所がたまらんのです
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