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2013/01/11

【MTG:背景小説私家訳】Return to Ravnica: The Secretist, Part One サンプルチャプターその3

前回の続きで、ラヴニカへの回帰小説である「The Secretest Part One」(日本のKindleストアではこちら)のサンプルチャプター

Return to Ravnica: The Secretist, Part One
 http://media.wizards.com/images/magic/merchandise/ebooks/The_Secretist_Part1_CH1.pdf

を訳出します。

サンプルですがそこそこ長いので、段落ごとに数回に分けて掲載していきます。 恐らくは次で終わりのはず…。

あくまで英語力の低い筆者の勉強として訳してますので全くの誤訳や勘違いなども存在する可能性があります。もし見つけられた方はご教示くださると嬉しく思います。

 
The Secretist(秘密主義者)
 
 ジェイスは一階への階段を忍び足で降りていき、ドアへと近づいた。カヴィンがノックするわけがないし、他の誰かが訪ねてくるとも思ってはなかった。ジェイスは外にいる何者かの精神を感知する呪文を構えた。そして旧友の思考を感じ取ると、彼はドアを大きく開け放った。

 エマーラはいつもの様に若々しく見えたが、彼女はエルフのため外見に年齢は表れなかった。彼女が纏う白いガウンの袖には地を這う蔦模様の刺繍が畝り、深い茶色が分岐して袖を縫うように通って巨樹の根の様に見せた。ジェイスは、彼女がその若々しい見た目を裏切るような叡智と秘密の力を持つことを知っていた。

「ごきげんよう」
 彼女は堅い笑みを浮かべて言った。

「エマーラ! 久しぶりだな。さあ入って」

 そう言った直後に彼は後悔した。ジェイスの書斎は全くもって訪問者を迎えるようにはなっておらず、彼女がドアを通り抜けるや否や研究材料の山の中へと案内する羽目となったからだ。彼はいくつかの石細工を進路から押しのけて、それらを使われていない古い暖炉の側、擦り切れたカーペットが炉端で途切れている床の上へと寄せた。

 エマーラは部屋をつくづくと見渡した。
「考古学でも始めたの?」

「これは言うなれば新しい研究計画なんだ。仲間と古い石細工の模様を研究してるんだけど、この地区の周辺から同じ模様が使われてるのを多くの場所で見つけたんだよ。それは繰り返しパターンの幾何学模様の彫刻なんだ。もうハマっちゃってさ。ここらの通りの建物のほとんど全てに同じ解体所から採石された石が使われてるって知ってた?」

「いいえ」
 彼女の顔は穏やかだったが、その膝の上で握りしめられた手からはこれが単なる訪問では無かったことがジェイスには見て取れた。

「オヴィツィアからわざわざどうしたんだい?」
「私は今はここに、第十地区に住んでるの」
とエマーラ。彼女は小さな物を指で慎重に取ってジェイスに差し出した。それは複雑な葉脈を持つ葉の形をした木製のブローチだった。それはたとえ熟練の職人が彫り上げたと言うしても余りにも細密すぎており、おそらくは魔法によって形作られたに違いなかった。

「これは?」
「贈り物よ。私のギルドマスターからの」

 ジェイスは折れてしまいそうな木製の葉を両手で受け取った。
「ギルドマスター?」
 彼は彼女の肩にある樹の形をした留め針をちらりと見た。
「ギルドに入ったのか?」

「戻ったのよ。セレズニア議事会に。私はもう何年も前から――更に言うのなら、人の子であるあなたが生まれる前から議事会にいたの。そして今ギルドは再建したから、彼らは私を呼び戻したのよ。ギルドがいかに力を取り戻したかを、あなたも見たでしょう」
「実を言うと、この頃はこの建物から外には殆ど出てないんだ」
 ジェイスは肩をすくめた。彼の髪は四方八方に撥ねており、エマーラの訪問がこの場所における清潔さのハードルを急激に上げたことを悟った。

 エマーラは真剣に彼を見つめていた。
「ジェイス、あなたはギルドパクトについて何か知っているの?」

 これは微妙な問題だった。ジェイスは今まで一度もエマーラに全てを正直に話したことは無かった――自分が既知の次元の間を旅することの出来る魔道士、プレインズウォーカーであることを。大抵の人々は自分たちのもの以外の世界があるということを考えもしなかったし、一つの次元に束縛されたものにとっては慣れ親しんだ故郷がただの果てしなく連なる無数の世界の一つに過ぎないというのを知るのは喜ばしいことではなかった。

 ジェイスはプレインズウォーカーであるという己の正体を秘密にしがちだった。それはこのような会話において、ジェイスを現地人だと思わせる程度には充分な知識を披露しなくてはならないことを意味していた。彼がこのラヴニカという都市世界の歴史について知っていたのは、研究と――他者の精神の中を覗くことによって収集した知識を通じてのみだった。

 ジェイスはエマーラの精神を漁ってギルドパクトについてもっと多くを知ろうかと考えた。彼の魔法の専門は手っ取り早かったが、時々は必要なものであった。しかしエマーラは彼女自身の分野で熟練した魔道士であり、もし彼が彼女へと精神魔術を使うならば彼女はそれに気付くかもしれなかった。

「政治には疎いんだ」
と彼は言った。

「ギルドが再起しているのは驚くようなことではないわ」
 エマーラは言った。
「ギルドは歴史の中心なのよ。この何千年もの文明社会の中枢であって、誰が何と言おうと、ギルドパクトはそれらを一つに纏めていたの。でもギルドパクトは消えてしまったわ。消滅してしまった。魔法による条約や法の強制もないの。ギルドリーダーたちはもう昔の制約によって縛られないのよ」

 ジェイスは自分が知る中でも力を追い求めていた者たちのことを思い浮かべた――リリアナを、テゼレットを、ニコル・ボーラスを。彼らが更なる力を得るために、常にその力をいかに振ったかを。
「どんな力の中枢も、己を縛るものへと挑戦する」

 エマーラは頷いた。
「そして、彼らを縛るものはもう無いの……」
「君は、奴らがそれを越えようとしていると言うのか」

 エマーラはジェイスの手にある脆い木彫り細工を見た。
「もう始めてるわ」

「誰が? ラクドスとか?」
 ジェイスは当てずっぽうに言った。何故ラヴニカ人が悪魔を崇拝する殺人的カルトをラヴニカの公職を担う十のギルドに入れておくのか、彼には理解できなかった。それはあまりにも危険に思えた。通説によると、ラクドスギルドは熱望された騒乱の奉仕と倒錯した娯楽を富と権力の持ち主たちに提供する故に、そこに留め置かれるということだった。

「いいえ」
とエマーラは言った。
「イゼットよ。イゼットの魔道士達が他のギルドの領域に不法侵入したの」
 イゼット団――それは魔法的実験者のギルドであり、暗号を刻んだ石のアーティファクトをジェイスが見つけた時にその場にいたものだった。

「でもそれって法魔道士がなんとかする問題じゃないのか? アゾリウスがその境界線を維持すべきじゃないのかな?」
「やってるわ。アゾリウス評議会は他ギルドの要請を受けてこれまでも毎日イゼットへと禁止命令と判決を下してる。でもギルドパクト無しではアゾリウスは無力な役人となってしまったのよ。彼らの法は書類上の文字に過ぎないの。ニヴ=ミゼットが気にするとは思えないわ」

ニヴ=ミゼットはイゼット団の創設者にしてギルドリーダーであり、探究的かつ非常に独創的な歳経るドラゴン大魔導師だった。イゼットが新しい策謀を持つとするならば、ニヴ=ミゼットがその元凶であるのは明らかだった。
「そのドラゴンが何か言ったのかい?」
「何も。イゼットは自分たちのやることを何でも秘密にしておくの」
「で、君はその計画が何かを突き止めたいと」
 君はそいつを俺に見つけて欲しいんだ、とジェイスは心で呟いた。
「私のギルドマスターのトロスターニは、イゼットは何を計画しているのかをすぐにでも明らかにすべきだと考えてるの。でも彼らが協力的でないならば、ギルド間には不審感や緊張が高まるでしょう。それはギルドをばらばらにしかねない対立へと導くわ」
 彼女は手を開いて、再び握りしめた。
「私たちにはイゼットの協力が必要なのよ」

 ジェイスはゆったりと座って息をつき、エマーラの顔を伺った。彼女は彼に縋りつかないようにしようとしたが、彼にはその表情の奥に切迫した願いを見てとれた。エマーラの態度には、彼が今まで見たことないような尖ったものがあった。それは恐怖ではなかった。彼女は自身の安全を脅かすいかなるものへの恐れを何も抱いてはいなかった。ジェイスは彼女がギルドへの忠誠からくる懸念に加えて、何かしら深く感じている義務感によって語っていることを察知した。もしかすると彼女には誰かしら守るべき者がいるのだろうか、と彼は首を傾げた。

「俺にどうして欲しいの?」

 彼女の笑顔は輝いた。
「私たちのギルドに入って」
 エマーラは言った。
「私たちに力を貸して欲しいの。イゼットが何をしようとしているのかを知る手伝いをして欲しいのよ、そうすれば私たちはこの地区、そして全ての地区の平和を維持することができる」
「君は俺にギルドに入って欲しいのかな?」
「あなたは議事会に喜んで迎え入れられるはず。セレズニアは人々が結びつくことによって、私たち全てを共存させることが出来ると信じているの。ジェイス――あなたのような才能の持ち主は、人々を結びつける事が出来るはずよ。私たちはあなたを歓迎するわ」

「そうだろうか」
 ギルドに入ることは彼を一つの価値観と視野に縛ることを意味するだろう。何よりも、それは彼自身をラヴニカの次元に縛ることを意味した。そして、もし彼がラヴニカのギルドの中でどれか一つを選ぶこととなったとしても、それがセレズニアなのかどうかを確信できなかった。ジェイスは書斎を見回して、曖昧な身振りで周りの研究資料を指さした。
「俺にはやってる最中の研究がたくさんあるから……今はそっちに関われないんだ」

「でも、あなたは多くの人に役立つことが出来るのよ。ジェイス、私はギルドには影響力があるの。トロスターニは私を高位の職に引き立ててくださったわ。そしてあなたは人々を結び付けるのには適任だと思うの。私たちは同じ目的に向かって働くことが出来るし、真実を学ぶことも出来る。一緒にね」

 ジェイスは躊躇した。多くの人々が、彼をこの瞬間にエマーラが見るような目で見たことは無かった。彼はもっと彼女からそんな風に見てもらえるであろう何かを言いたかった。ジェイスは想像した――もし「いいよ」と答えたならば、もしその手に触れて彼女の仲間入りをして力を貸すこと以上に重要なものなど何も無いと言えたなら、彼女の表情はどんなに明るくなるだろう。彼は、彼女のためにそう出来たらいいのにと願った。

 しかし、彼には出来なかった。
「すまない。俺はセレズニアには入れない。でも違った形でなら手伝えるよ」

 エマーラの笑顔は消えていった。
「あら、遅かったかしら。あなたはもう他のギルドの一員なの?」
「いや。そうじゃない」
 彼は自分が他の次元で過ごした全ての時のことを、彼を多元宇宙の隅から隅へと惹きつける全ての謎のことを考えた。
「俺は……何かにあまり執着しない質なんだ」

 それは彼女に打撃を与えた。
「判ったわ」
 彼女はそう言って立ち上がった。彼女の態度は形式的な礼儀作法に立ち戻った。
「まぁ、もう行かないと。私には見ないといけないたくさんのギルドの仕事があるの。忙しいところをありがとう、ジェイス。会えて良かったわ」

「いいやエマーラ、ごめんね」
 彼は彼女と一緒に立ち上がって言った。
「俺は単に――今はギルドの政治について振り回されるような余裕が無いって言いたかったんだ。俺には重要な研究があって、それに全ての時間をつぎ込んでいるんだ。それが終わった後なら喜んで手伝うよ」

 彼女は頷いた。
「大歓迎よ」
 ジェイスの家のドアの側に立った時に彼女は振り返った。
「私があげたあの葉はね、造木師が作ったセレズニアのアーティファクトよ。もしあなたが私と連絡を取りたくなったら、それを使って。起動するための言葉をそれにむかって言うだけよ、そうすれば私にあなたの声が届く」

 ジェイスは手の中にある彼女の贈り物を見た。
「その言葉って?」

「『君が必要だ』」


(その4に続く)


という訳で、「Agents of Artifice」における数少ないジェイスの友人の生き残り、エマーラの登場です。 しかし、「久しぶりに旧友が尋ねてきたと思ったら熱心にカルト宗教に勧誘してくる」とか「入信を断った途端に態度が変わる」いうのは何というか生々しい…日本とアメリカにおける宗教観の違いでしょうか(多分違う)。

そして、最後の起動ワード…。これは、彼らの友情が結構危ういバランスの上で成り立っていることを示唆していて切ないです。

AoAにおいて、ジェイスはラヴニカでのもっとも昔馴染みにして自分の命を何度も救ってくれたエマーラに本当の名前を教えていませんでした。その事を知ったエマーラは大変傷つきましたが、ジェイスもそうしてしまった事を後悔しました。エマーラにとっては友情だと思っていたものは一方的なものであったのではないか、という不安感があり、それが「彼から自分を必要だと言ってもらいたい」という気持ちになったのではないかとか、いろいろ考えさせられます。

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